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新大久保の駅から歌舞伎町方面へ宛てもなく歩き回る。職安通り沿いの喫茶店で時間を潰す。小倉から呼び出された場所は大久保のライブハウスだった。呼び出された場所では今頃、イベントの打ち合わせ、定例会が始まっているはずだ。俺はわざと定例会に遅れていくつもりだった。
冷めきってすっかり不味くなったコーヒーを口に含みながら、短くなった煙草を灰皿に叩きつけた。そろそろ頃合いだろう。
定例会は時間通りに始まった事がない。この暑い中わざわざ新宿まで出てきた挙句、小倉からくんろくを入れられるなどまっぴら御免だった。

「定例会を行う。ライブハウスの『大久保水族館』にて。全員必ず、確実に出席のこと」

有無を言わさぬ内容のメール。前回の定例会の時、渡邊は金属バットで頭を割られた。フードを勝手につまみ食いした、というのが理由だった。毎回小倉からのヤキで誰かしらが多少なりとも怪我をするが、その時の渡邊は生死の境を彷徨うほどだった。
俺のVJの相棒である竹内。竹内だけは絶対に殴られない。竹内は小倉と特に仲がいいからだ。前に一度、竹内に「いつも一緒にいるのに何故お前は小倉から殴られないのか」と聞いてみたことがある。
竹内は無表情でただ一言「分かんないっすね」とだけ答えた。その表情に僅かながら疑問が湧いたが、俺はそれ以上は聞かなかった。もしかしたら竹内は、何か小倉の弱みを握っているのかもしれない。

店を出て、百人町の裏通りを歩く。南米系の売春婦達が客を求めて道端に立っている。それを物色しながら歩く男達。売春婦は殆どが四十代といったところで、あの物色している男達は恐らくそれら以外の「もう少しマシな女」を探しているのだろう。
裏路地のドブのような匂いにうんざりしながら売春婦達の視線を掻い潜り、線路の高架下のトンネルを抜け、定例会の会場へ向かった。
大久保水族館は新大久保駅からほど近い雑居ビルの地下一階にある。以前はこのライブハウスでイベントを行っていた。徐々にイベントが有名になり、キャパシティーを超え始めたため、渋谷に箱を移したのだ。それでも何かとこのライブハウスには来る事が多かったので、最早馴染み深い場所だ。
もう少しだけ時間を潰したかったので、無駄な足掻きで煙草に火をつけ、一本吸い終わってからゆっくりと階段の下へ降りた。扉を開けて中に入るとすぐに怒声が聞こえてきた。小倉の声だった。

「そんなこと聞いてんじゃねえんだよ。殺ったのか殺らなかったのかを聞いてんだよ!」

小倉の怒声。渡邊が床に正座させられていた。どうやら渡邊が詰められている最中だったようだ。

「すみません、ハジくことはハジいたんですが。腹には当たっていると思うんですけど」

「何やってんだてめえんところは。DJ一人殺れねえってのはどういう訳だこの野郎」

小倉が怒り狂った表情で渡邊を怒鳴りつける。周りのレギュラーメンバーが立ち尽くしてそれを無言で見ていた。
俺が入ってきた事に竹内が気付いて、自分の拳で自分の頰をゴツゴツと叩くようなジェスチャーを送りながらニヤッとした。俺は軽く溜息を吐いてから竹内に手を上げ軽く挨拶をし、小倉と渡邊の方の様子を伺った。

「角田、シゲムラ。てめえらは何にもしねえで黙って見ているだけなのかよ」

「あ、いえ…」

「ฉันขอโทษ」

「てめえらみてえな使えねえ野郎に飲ます日本酒はねえんだよ。次の定例会で、てめえらのシマきっちり取り上げるから覚悟しとけ」

激昂して怒鳴り続ける小倉。いつもより当たりが激しいが、言っている意味が分からなかった。シマって何だ。すでに何発か殴られてしまったらしい渡邊は、正座したままでひたすら下を向いていた。

「おう加藤。早かったじゃねえか」

俺に気付いた小倉が声をかけてきた。嫌味を含んだ言い方だった。

「電車が遅れたんだよ、すまない」

「ほう、電車か。都合のいい電車もあるもんだ。まあいい」

小倉が俺に向けていた顔を戻し、全員の顔を見回す。渡邊は正座したまま顔を上げた。顔がだいぶ腫れ上がっている。

「これからは合法的にデカい金を動かしていく。まあうちのメンバーはちょっと頭が古いから教えてやるけど、例えばシゲムラのシイタケ栽培も公園の隅でちまちまやらねえで外務省の役人と連んで国際的なマーケットにするとか。おい、小林、中村」

小倉が何を言っているのか全く理解できなかった。ハジくだの殺るだの、まるでアウトレイジの世界だ。DJイベントとして集まったはずが、いつの間に反社会組織になってしまったのか。
あまりにも訳が分からないのでさすがに我慢できず、演説のようなことを始めてしまった小倉を一旦止めた。

「ちょっと待てビート。お前らは一体何の話をしてるんだ。イベントの打ち合わせじゃないのか、これは。何だ、さっきからハジくとか、殺すとか、シイタケとか」

「おい大友、今何言うたお前?」

「アウトレイジネタから離れろ」

俺は段々と面倒くさくなり、投げやりな態度で荷物をソファーに放り投げそのまま座り込んだ。毎度毎度、こいつらの狂気に付き合ってなどいられない。また一升瓶で頭をカチ割られるのは御免だ。

四時間にも及んだ定例会が漸く終わろうとしていた。全員違う店に移ろうとしていたので、トイレに行くふりをして店から脱出した。階段を昇り地上に出たところで、俺がいない事に気付いたのか、竹内が後ろから追いかけてきた。

「ちょっと、どこ行くんすか、帰るんすか」

「帰るんだよ。付き合ってられるか」

「次の店行きましょうよ、次の店。ねえ」

「嫌だよ」

「でも、だって、あれっすよ、ビート君も来るんすよ」

「いやそりゃそうだろうよ。むしろビートが中心だろうよ。何だその引き止め方は。何で『ビートがいるって言えば来るだろう』みたいな引き止め方なんだ。嫌だよ行かないよ。俺、もう家に帰りたいんだ」

「お前ブッ殺してやるからな」

近頃、竹内は突然物騒な発言をするような事が増えた。突然の殺害予告に、あっそう、はいはい、と軽めな返事で返したが、内心本気で恐怖を感じたので「そろそろヘパリーゼまとめ買いしなきゃなんねえし」などと狼狽えつつ意味不明なことを言って有耶無耶に誤魔化し、じっとりとした目つきで睨んでくる竹内を小走りで振り切り、その場から逃げ出した。

『-酔ウトレイジ-最終章-』後編へつづく

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